
人的資本経営になぜエンゲージメントが必要なのか?背景や開示事例を解説
人的資本経営が注目を集める中、従業員の主体性や働きがいの度合いを数値化できる「エンゲージメント」の重要性が高まっています。本コラムでは、エンゲージメントが人的資本情報として注目される理由やその測定方法、具体的な活用事例を通じて、人的資本経営の中でエンゲージメントが果たす役割を解説します。
目次[非表示]
人的資本情報としてエンゲージメントが注目されている理由
人的資本経営は、スキル教育やキャリア形成支援、働きやすい環境づくりなど人的資本への投資を積極的に行うことで、社員の可能性を最大限に引き出し、企業の中長期的な価値向上を目指す経営手法です。今、この取り組みの中で「エンゲージメント」に取り組む企業が増えています。
エンゲージメントとは?
「エンゲージメント」とは、会社と従業員のつながりの強さを可視化するための物差しです。具体的には、会社が目指す方向性に従業員がどれぐらい共感してくれているのか、また、自分自身の仕事に対してどのぐらいの誇りと熱意を持って取り組んでくれているのか、社員アンケートの結果を用いてその程度を計測します。
<エンゲージメントとは>
企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、
その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること
|
※出所:ウィリス・タワーズワトソン「エンゲージメント:back to basics! (2019年10月)」
従業員の状態を測る指標はこれまでにもありました。例えば「ワーク・エンゲージメント」や「従業員満足度」です。
● ワーク・エンゲージメント:仕事に対する活力・熱意・没頭の度合いを測る指標 ● 従業員満足度:従業員が組織に対してどのぐらい満足しているかを測る指標 |
これらの考え方もそれぞれが示唆に富み、エンゲージメントに取り組む際はぜひ学んでおきたいテーマです。しかし、ワーク・エンゲージメントが「仕事と従業員のつながり」に焦点を当てているのに対し、エンゲージメントは「組織・仕事と従業員のつながり」に焦点を当てており、より幅広く捉えようとする概念です。
同様に、従業員満足度が「従業員から会社への評価という一方向的な視点」が強いのに対し、エンゲージメントは「会社と従業員のつながりという双方向的な視点」も強化しているなど、今までの概念を取り込み、進化した概念がエンゲージメントであるため、現在はエンゲージメントを用いる企業が増えています。
【関連記事】従業員エンゲージメントと従業員満足度の違いとは?他の似た言葉との違いもご紹介
【関連記事】ワークエンゲージメントとは?定義から高める方法まで解説
エンゲージメントが人的資本情報として注目を集めている理由
●ISO30414
世界的にエンゲージメントへの関心が高まったきっかけは、2018年に、国際標準化機構ISOが「ISO30414(人的資本情報開示のためのガイドライン)」を発表したことです。
ISO30414は、株主をはじめとしたステークホルダーに開示すべき人的資本情報として11項目58指標を整理したものですが、その中で組織文化の良し悪しを測る指標として「従業員エンゲージメント・満足度・コミットメント」が掲げられ、 人的資本経営の文脈の中でエンゲージメントが注目されるようになりました。
<ISO30414の11項目58指標>
●海外での普及
先行してエンゲージメントを含む人的資本の情報開示が進んだのが欧米です。EU(欧州連合)では、2014年と早くから「NFRD(非財務情報開示指令)」の中で、従業員500人を超える大企業に対して従業員を含む情報の開示が義務づけられています。
また、米国でも2020年に証券取引委員会が「非財務情報に関する開示についての規則(Regulation S-K)」を改正、米国上場企業に対して人的資本に関する開示が原則主義で義務づけました。原則主義のため、人的資本のどの情報を開示するかは企業に任せられていますが、情報開示を強化する法案「Workforce Investment Disclosure Act of 2021」の審議が行われており、その中でエンゲージメントが重要項目として取り上げられるなど、エンゲージメントの可能性が模索されています。
<審議されている8つの人的資本開示項目>
1.契約形態ごとの人員数
2.定着・離職・昇格・社内公募
3.構成・多様性
4.スキル・能力
5.健康・安全・ウェルビーイング
6.報酬・インセンティブ
7.経営上必要となったポジションとその採用
8.エンゲージメント・生産性
|
●伊藤レポート
日本では、経済産業省が2020年に発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書 ~人材版伊藤レポート~(以下、伊藤レポート) 」の中で、これからの人材戦略に欠かせない5つの共通要素のひとつとして従業員エンゲージメントが取り上げられたことから関心が高まりました。
<これからの人材戦略に欠かせない5つの共通要素>
1.動的な人材ポートフォリオ
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
3.リスキル・学び直し
4.従業員エンゲージメント
5.時間や場所にとらわれない働き方
|
※出所:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書 ~人材版伊藤レポート~(令和2年9月)」
●人的資本の情報開示義務化
これらの国内外の流れを受け、日本でも2023年3月期決算から有価証券報告書等で人的資本の情報開示が義務化され、自社の人的資本について下記2点の情報開示があらたに求められることになりました。
<人的資本の情報開示義務化の内容>
※金融庁「サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ 」をもとに弊社作成
人的資本についての取り組みは企業戦略と密接にかかわるため、どの項目を開示するかは各企業の判断に委ねられていますが、 掲げた経営戦略の実現に向けてどれだけ従業員を活性化できているかの判断材料として、 投資家にもわかりやすいエンゲージメントスコアを開示する企業が増えています。
【関連記事】ISO30414とは?全項目一覧も解説!
【関連記事】人的資本経営とは?その基本や注目される背景を解説
【関連記事】人的資本の情報開示義務化とは?開示のポイントから好事例まで簡単解説
人的資本経営におけるエンゲージメントの役割
人的資本経営の中でエンゲージメントが果たす役割は、「伊藤レポート」 の中で体系的に整理されています。次に解説します。
●5つの共通要素
企業の価値を決める要素が、モノや設備といった「有形資産」から、知的財産や社員の能力といった「無形資産」へとシフトしている今、人材戦略にも新たな視点が求められています。伊藤レポートの中では、こうした時代の流れに対応するために必要な「これからの人材戦略に欠かせない5つの共通要素」があげられています。
<これからの人材戦略に欠かせない5つの共通要素>
1.動的な人材ポートフォリオ
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
3.リスキル・学び直し
4.従業員エンゲージメント
5.時間や場所にとらわれない働き方
|
●動的な人材ポートフォリオ
これからの人材戦略に必要な要素として最初に示されているのが「動的な人材ポートフォリオ 」です。
「人材ポートフォリオ」とは、経営戦略を実現するために必要な人材の質と量を規定したものです。例えば、デジタル領域の事業の強化を掲げている企業であれば、ITスキルを持つ人材が、どの部署に何人必要かといった計画を立てます。必要な人員数だけでなく、必要な役割やスキルも明確に定める点が特徴です。目指すべき未来の人材ポートフォリオと、現在の人材ポートフォリオを比べることで、今後あらたに獲得が必要な人材の質と量を明らかにすることができます。
伊藤レポートではこの「人材ポートフォリオ」に「動的」という言葉を加えて、これからは経営環境や経営戦略の変化にあわせて、スピーディーに人材ポートフォリオを変化させられる企業体質の重要性を提言し、「動的な人材ポートフォリオ」と表現しています。
●人材の活性化
そして、伊藤レポートでは、最適な人材ポートフォリオが構築できても人材一人ひとりやチームが活性化していなければ、生産性の向上やイノベーションの創出にはつながらないという点が強調されています。
「人材の活性化」という観点から、これからの人材戦略には、次の4点が必要になると伊藤レポートは提言していますが、そのうちのひとつが「エンゲージメント」です。
つまり、人的資本経営の中でエンゲージメントが果たす役割は、車で例えるならエンジンです。目的地(経営戦略)が決まっていても、エンジン(活性化)が不調では、車(組織)は十分な力を発揮できず、前進力は弱くなってしまいます。教育投資や環境整備投資など、十分なメンテナンスをしてこそ、車(組織)は力を発揮することができます。
エンゲージメントの測定方法
では、自社のエンゲージメントスコアを知りたい場合、どのように計測すればいいのでしょうか?ここでは、もっとも一般的な「社員アンケート」を使った計測方法を取り上げて解説します。
エンゲージメントスコアの計測方法
社員アンケートを用いた計測方法には、調査頻度によって次の2種類があります。
●センサスサーベイ(Census Survey)
半年から1年に1回ほどの頻度で行う大規模な調査です。設問数は50~150問程度と多く、多角的な視点で組織の課題を浮き彫りにすることが可能です。記述式の回答を含むこともあります。センサスは「全数調査」の訳語で、基本的には全従業員を対象に実施します。
●パルスサーベイ(Pulse Survey)
名前の由来である「パルス(脈拍)」になぞらえ、 週1回や月1回などの高い頻度で行う調査です。5〜10問程度の少ない設問数で行います。短いスパンで調査することで、従業員や職場の変化を素早く把握できるメリットがあります。
2つの計測方法の違い
センサスサーベイ |
パルスサーベイ |
|
調査頻度 |
半年~1年に1回 |
週1回~月1回 |
設問数 |
50~150問程 |
5~10問程 |
メリット |
組織の課題を多角的に把握できる |
組織の状況の変化を素早く把握できる |
エンゲージメント調査の設問
エンゲージメント調査の設問には、大きくわけて次の2つの種類が必要です。
(1)結果設問|エンゲージメントの度合いを測定する設問
自社のエンゲージメントは高いのか低いのか、その度合いを測る設問がまず必要です。弊社の従業員エンゲージメント調査「tenpoketチームアンケート」の場合、「帰属意識」「推奨意識」「働きがい」の3問からなっています。この設問は毎回の調査で変更せず、変化をウォッチします。
(2)原因探求設問|エンゲージメントを高めるポイントを見つけるための設問
エンゲージメントを高めるための施策は多岐にわたります。その中から、自社にぴったりのものは何か?課題や施策の優先順位をつけるための設問群が次に必要です。具体的には(1)の結果設問がなぜそのスコアになったのか、関係性を分析できるように(2)原因探求のための設問群を設計します。
弊社の「tenpoketチームアンケート」の場合は、エンゲージメント向上に欠かせない「リーダーシップ力」「チームの風土・遂行力」「スタッフの主体性・満足度」のカテゴリにわけて設問群を設けています。また、数値の裏側にある、従業員の気持ちや価値観をつかむために、コメント記入型の設問を設けることも効果的です。
【関連記事】エンゲージメントスコアとは?計測方法やスコアの活かし方を簡単解説
人的資本経営におけるエンゲージメントの活用法
エンゲージメント調査を調査で終わらせず、従業員の活性化につなげるためには調査結果をどのように活用すればよいのでしょうか?人的資本経営におけるエンゲージメント診断の活用法を解説します。
組織診断としての活用
もっともオーソドックスな活用法は、自社の従業員のエンゲージメントを高めるポイントを発見するための「組織診断」としての活用です。調査を実施したのちに回答を分析して課題と打ち手を整理するのが基本的な流れですが、「全社施策」と「部門施策」の両面から取り組むと効果的です。
● 全社施策:人事部主導で、全社の結果から見えた改善点に取り組む
● 部門施策:部門毎の結果をフィードバックし、部門毎に改善施策に取り組む
|
人財戦略の進捗を可視化するための指標としての活用
人的資本経営では、例えば「DX推進に必要なIT人材の育成」「顧客接点向上のためのリーダー育成」など、経営戦略から逆算して人財戦略を立てます。
例えば、「IT人材の人数」であれば資格の保有者数や社内基準を超えるスキルを持っている社員の人数を計測することで、進捗を測ることが可能です。一方で、「新しいスキルへの学習意欲」「教え合う風土」など数値化が難しいテーマもあります。これらの数値化が難しいテーマの進捗を測るための設問をエンゲージメント調査に含めることで、人材戦略の進捗把握や効果検証がより深くできるようになります。
次にこの「人材戦略の進捗を可視化するための指標」としてエンゲージメントを活用している企業事例を2つご紹介します(ご紹介する企業では組織診断としての活用もされていますが、独自性のある取り組みとなる人材戦略の可視化としての活用に重点をおいて解説します)。
人的資本の情報開示にエンゲージメントを活用している企業事例
さて、社員が十分に活性化しているのかを計測できるのがエンゲージメントですが、具体的にはどのように人事戦略に取り入れていけばいいのでしょうか。2社の事例を取り上げながら、人的資本経営におけるエンゲージメントの具体的な活用法をみていきましょう。
● 旭化成株式会社|教育制度が個人・企業の成長に貢献しているかを エンゲージメント調査で検証
大ヒット商品「サランラップ」で有名な旭化成。同社は創業当時の事業領域に留まらず、優れた性能を持つALCコンクリートを使った「ヘーベルハウス」の開発など、 石油化学・繊維・住宅・医療と事業ポートフォリオを継続的に広げてきたことで、経営の安定性を築いてきました。
そんな同社が、強みである事業ポートフォリオ変革力を今後も持ち続けるための人財戦略のキーワードとして重視しているのが「挑戦」です。2022年に創業100周年を迎えた同社ですが、大事にしてきたグループバリュー「誠実、挑戦、創造」のうち「挑戦」のマインドが薄れてきているという危機感からです。
そこで、同社は従来の階層・一律型研修を見直し、社員が自らのキャリアを踏まえて主体的に学ぶことのできる環境を整えました。
<具体的な施策>
●オンライン学習フォームの立ち上げ
社内外の1万以上のコンテンツから社員自身が必要な学習を選択
●タレントマネジメントの導入
社員は自分のキャリアの志向を入力、上司もそれを理解した上でマネジメント
●興味のある仕事に挑戦できる環境づくり
公募人事制度(人員が必要な部署が社内で募集をかけ興味がある社員は自ら応募できる)や社内兼業制度(所属部署以外の業務を一定期間経験できる)を拡充
|
そして、それらの学びが個人や企業の成長に結びつく行動につながっているのかを計測するためにエンゲージメント調査のスコアを用いています。具体的には、調査設問を「上司と部下の関係や職場環境」「活力やワークエンゲージメント」「成長につながる行動」のカテゴリに分け、「成長につながる行動」のスコアを主要KPIに設定されています。
<人財戦略・主なKPI>
エンゲージメント調査「成長につながる行動」指標:FY27 より高める
ラインポスト+高度専門職における女性比率:FY27 8.0% エンゲージメント調査「活力」指標3.5以上の回答者割合:FY27 60.0%
|
エンゲージメントスコアの活用を、従業員の活性化の度合いをモニタリングするために活用するのはもちろん、人財戦略の進捗をモニタリングするために活用している好事例です。
※参考:「旭化成レポート2024年度版(p61-65)」「中期経営計画 2027 (p45)」
●ソニーグループ株式会社|エンゲージメント指標の改善を経営陣報酬に反映
ソニーは、エレクトロニクス・金融・音楽・ゲームなど多様な事業を抱えています。また、創業時から「多様な個の成長が全体の成長である」という考え方を大切にし、個々の多様性を最大限に活かす人事戦略を展開。個と事業の多様性を競争力に価値を生み出し続けています。
一方で、多様な個と事業がばらばらの方向を向いていてはうまくいきません。そこで、多様性をまとめあげる求心力を生み出すために、同社は2019年に「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」というパーパスを定義しました。
また、同社ではパーパスを真の意味で企業の求心力とするため、経営陣自身をその発信・浸透の責任者としており、社員との交流会やタウンホールミーティング など、CEOをはじめとするトップマネジメントと社員が直接対話できる場が多く設けられています。そして、経営陣の報酬にエンゲージメントスコアを組み込むことで、パーパスの発信・浸透に対する経営陣のコミットメントを引き出しています。
エンゲージメントスコアの改善を経営陣の報酬に反映することで、経営と人材戦略の連動を強化している点が、同社のエンゲージメントスコア活用の特徴です。
※参考:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~実践事例集 /令和4年5月(p46-49)」
まとめ
従業員の活性度を測る指標として「エンゲージメントスコア」の活用が進んでいます。これまで把握しづらかった従業員のモチベーションや働きがいを可視化できるようになり、人材戦略の選択肢が大きく広がりました。「エンゲージメントスコアの活用」は、まだ新しい分野であり、今後の展開や先進的な取り組みに引き続き注目することが重要です。
また、「エンゲージメント調査」の結果は、人的資本経営だけでなく現場のマネジメントや組織開発など、さまざまな場面での意思決定に活かすことができます。「エンゲージメント調査6つの活用法」をまとめた資料をご用意しました。具体的な活用事例や考え方をわかりやすく解説しています。以下よりダウンロードしてご活用ください。