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V字回復の秘訣は、徹底した「お客様目線の浸透」

株式会社八芳園

http://www.happo-en.com/


『季刊MS&コンサルティング 2011年夏号』掲載
取材:西山博貢、文:高島 知子
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。

サービス産業の中でも、お客様の人生の大切な瞬間を演出するブライダル業界は、お客様の期待水準が極めて高い業界の一つだろう。その中でV字回復を遂げ、高単価ながら年間2000組以上の婚礼を執り行い、躍進を続けているのが老舗・八芳園だ。同社常務取締役の井上義則氏に、そのサービスの真髄と飛躍の舞台裏を伺った。

ブライダルの本質は、設備ではなく体験の提供

近年、ブライダル業界は大きな転換期を迎えている。婚姻率の低下や少子化の影響を受け、婚礼組数が減少。また、式や披露宴にお金をかけない“地味婚”といった概念が生まれる一方で、ゲストへのおもてなしを重視した“おもてなし婚”など、こだわる点には徹底してこだわる顧客層が顕在化しているのも現状だ。

個人のこだわりが多様化し、要望の幅が広がる中で、「ブライダル業界は“装置産業”からの脱却を迫られている」と、株式会社八芳園 常務取締役の井上義則氏は語る。かつては“海の見えるチャペル”に代表されるような魅力的な設備こそがブライダル運営企業の売りであり、そこからホテルやゲストハウス、レストランウェディングへと発展した、いわば装置が主導してきた産業なのだ。

常務取締役の井上義則氏


「八芳園でも、確かに今も緑の豊かな庭園が支持されているのは事実です。しかし、お客様の望みは充実した設備で式を挙げることではなく、ハード面もソフト面も含めてその日を素晴らしい一日にすることです。そのための背骨になるのは設備ではなく、徹底したお客様目線の精神。私が同業社などを経て8年前に八芳園に移籍した当時は、設備が立派なだけに、残念ながらその概念が欠けていました」。

不景気の影響に加え、単価の低いカジュアルなウェディングが浸透し始めたことなどから、当時は同業社に大きく水を開けられてしまっている状態だった八芳園。設備頼みの状態を脱し、本来の一人ひとりのサービスから成る労働集約型産業として事業を立て直すには、スタッフの意識を根本的に変えていかなければ―。不振の要因はそこにあると捉えた井上氏は、当時、年間1000組程度だった婚礼組数に対して、目標を大きく2000組と掲げた。「ただし、2000組の売上を獲得することではなく、2000組のお客様をハッピーにすることが我々の目的。現場のスタッフには、それを繰り返し伝えたのです」。

八芳園の正門。これから式を挙げる方だけでなく、過去に式を挙げた方やそのご家族、地域の方々など、様々な方が憩いの場として八芳園を訪れる。


お客様目線の精神をすべての行動の軸に

例えば、見込み顧客に対応するウェディングアドバイザーたちに、井上氏はこう話した。「式の当日が感動的なのは当然。下見に来たお客様を感動させよう。そのためなら、自分たちの判断で行動して構わない」。ある日、初めて来館したお客様から「ルパン三世の曲が大好きです」と担当者が聞いた。すると別のスタッフがすぐにレンタル店まで足を運んでCDを用意し、披露宴会場のご案内をしている時に、会場内の照明を落としてルパン三世の曲を流しながら、キャンドルを手にしたスタッフたちがお客様を囲み、二人に祝福の言葉をかけるという演出がほんの1、2時間のうちに実現した。当然、お客様はその場で成約を決めたという。

すべての内勤スタッフが耳を傾ける朝礼の様子。


2000組のハッピーをつくりたい。そのためには、チームの連携は不可欠だ。ブライダルでは、一組の顧客に実にたくさんのセクションのスタッフが関わるからである。「しかも、どれだけ知識や技術があっても人への思いやり、気配り・心配りが最も大切な要素となります。お客様目線をしっかり捉えた上で、接客や調理、演出などそれぞれの職能が合わさったとき、最高のサービスを実現できるチームが完成するのです」。お客様目線のサービスを考えるほど、チームプレーが大事だということをスタッフらも徐々に理解し、サービスも改善。その盛り上がりも手伝って、2005年に「TEAM FOR WEDDING」という新しいスローガンが打ち出されることとなった。

八芳園の象徴とも言える、手入れの行き届いた美しい庭園。今もこの庭園に魅了されて婚礼を決める顧客も多いが、「設備に頼る時代は終わった。ハードもソフトも含めて、お客様に素晴らしい体験を提供するのが私たちの使命」だと井上氏。


高価格に見合う付加価値を提供できるはず

上司の顔色や前例を気にせず、ただお客様に喜んでいただくことを行動指針にしようという井上氏の強い意識は、徐々にスタッフに浸透した。それに完全に呼応するように、年間婚礼組数も1000組から1300組、1700組と急上昇していった。

しかし、ここで同社は新たな問題に直面する。それは、新規営業を強化するあまり、増え続ける婚礼数に調理や接客のスタッフが追いつかなくなってしまったことだ。肝心の挙式当日に披露宴会場でクレームが多発し、井上氏は窮地に立たされた。「ある日、新郎様に胸ぐらをつかまれて怒鳴られたとき、最大限の期待を持たせて成約をいただいた結果がこれでは、自分のしていることはまるで詐欺なのではないかと愕然としました。ちょうどブライダルフェアを控えていたのですが、こんな状態ではフェアで堂々と自社をお薦めできないと、フェアについての社内会議の席で、初めて部下の前で言葉を詰まらせてしまったのです」。

スタッフの情報共有の様子。一人ひとりの振る舞いにも注目しているが、「個人の問題は組織の問題」というのが井上氏の考え方だ。僅かな揺らぎもすぐ分かるように、現場のプレイヤー、各セクションの責任者、その統括が常務である井上氏と組織構成もフラットにしている。


ブライダルフェアは、八芳園で結婚式を申し込んでいるお客様を対象に行われる大切な場だ。だからこそ、期待を寄せて下さっている方々を、当日失望させるわけには絶対にいかない。その思いから井上氏は開催を決めかねたが、お客様のことを心底思うからこそ、このまま突き進むことに対して涙を見せてしまうほど逡巡する上司の姿は、現場のスタッフの気持ちを一層集結させる結果となった。話し合いの末、絶対に同じことは繰り返さないというスタッフらの高い士気に賭ける形で、井上氏は最終的にブライダルフェアの開催を決めた。

「フェアの会場では、単なる“感じの良い担当者”ではなく、お客様のために誠心誠意を尽くそうという気持ちが表情に溢れたスタッフがきびきびと動いていました。それを目にして私は、増える組数に見合う調理や接客スタッフの増強と、それに伴う単価の引き上げを決めたのです。このチームなら、価格の引き上げ分以上に満足していただけるサービスができるはずだと確信した瞬間でもありました」。

八芳園の広い庭の中を朱傘を差しながら歩む花嫁御寮。


図表「年間婚礼組数の推移」
低迷していた2002年頃から現在までの、婚礼組数の推移。2000組達成の翌年には一度落ち込んでしまったが、チーム連携を改めて見直して挽回。この成長の舞台裏には、小手先の改善ではない、スタッフ一人ひとりの根本的な意識変革があった。


仕事を任されることで物語の主人公になる

お客様目線を徹底して重視することで、業界水準に比べて高単価な価格帯にも人気は落ちず、2007年にはついに2000組を達成した。だが、同社の回復の本質は、この数値だけに表れているものではない。「2000組目を成約しても、そのお客様が挙式当日にハッピーにならなければ、目標はまったく達成できていない」との意識がスタッフに浸透していたことに、八芳園がV字回復を遂げた最大の要因があると言える。目標は売上ではなく、“ハッピーをつくること”という共通認識が根付いているのだ。

現場スタッフの意識を根本から変え、ここまでのチームを育て上げた秘訣を聞くと、井上氏は「スタッフを自分自身の物語の主人公にすること」だと話す。「お客様だけでなく、彼らもまた、人生の大事な時間を縁あって八芳園で過ごしています。上から強制して行動は変えられても、絶対に意識は変えられない。だから、私はぶれない軸と方向性の提示だけを行い、あとは本人たちに考えて動いてもらうのです。レールを外れそうになったら、そっと軌道修正する。そういう意味では、私は監督であり、脚本家でもあるのかもしれませんね」。

スタッフのサービス水準が保たれているかどうかは、現在も常にチェックを重ねている。見込み顧客に対応するウェディングアドバイザーに対して、2010年よりミステリーショッピングリサーチ(以下MSR)を導入し、お客様の気持ちを汲むよう注力している。

ただし、結果をフィードバックするのはスタッフ本人に対してではなく、その上司に対してだ。「チームで作り上げる仕事ですから、もしマイナスな面があれば、それは上司の責任。ひいては、私の責任です」。人が集まって成り立つ組織には、調子の良し悪しもある。「MSRの評価は、そうしたコンディションに対する処方箋であり、私の通信簿でもある」と井上氏。

これほどの数の婚礼を最高水準のサービスで執り行う一方で、現在特に力を入れているのは、八芳園のファンづくりだ。例えば前年の婚礼顧客を招待する「サンクスパーティー」は、挙式後も節目の際に来館いただきたいと実施した企画。当日は選ばなかったドレスを着たり、生まれた子どもと一緒に写真を撮るなど、思い出の場所でまた新たな楽しさを提供している。

通常、ブライダルのお客様は1回限りの利用になるが、こうして挙式後も訪れる機会を設けることで、将来に渡る継続的な関係を築くことができる。それがひいては口コミにつながり、好業績を支える要因の一つになっていると言えるだろう。結婚式を挙げた場所を大事にしたい、というお客様の要望が強いことを再認識したという。

ファンづくりは、直接の顧客に留まらない。井上氏は、大切にすべき5つのステークホルダーとして、婚礼の顧客、社員とその家族、取引先とその家族、地域の方々、そしてパートとアルバイトスタッフを挙げる。「今や、口コミだけで企業のみならず国の存続も危うくなる時代です。利益だけを追いかけて、こうしたステークホルダーの皆様に生かされていることを忘れてはいないか、常に振り返る姿勢が大切だと考えています」。

サイトイメージ画像

「かなえる婚サイト(http://www.kanakon.jp)」:婚姻組数の約半数しか挙式を行っていないという現状に対し、2009年に立ち上げた新事業「かなえる婚」では、WEBサイトをベースに様々な理由から挙式を行えない人の背中を押したり、式や披露宴の価値の訴求に努めている。


8月8日を八芳園の日と定め、八芳園で挙式をされたお客様を招待する「サンクスパーティー」を2009年から開始。非常に好評で、毎年開催している。当日、スタッフは来館者に「いらっしゃいませ」ではなく「おかえりなさい」と声を掛ける。


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