スタッフは、店という舞台に立つ役者として、 味だけではない「何か」をお客様に提供するのが役目。

株式会社力の源カンパニー

福岡県福岡市中央区薬院1-10-1

会社ウェブサイト:http://www.chikaranomoto.com/​​​​​​​


『フードビジネス通信 2007年8月号』掲載
取材:西山博貢
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。

「味」と「価格」だけが評価の対象であった20年前のラーメン業界で、いち早く「サービス」の概念を取り入れ、全国展開を果たした一風堂。 サービスの根底に流れる理念と、それを実現するための取り組みを、株式会社力の源カンパニー店舗統括マネージャー奥長義啓氏に伺った。

一風堂と言えば、味だけではなく接客レベルの高さやお店の雰囲気にも定評がありますが【図表1】、味が一番の再来店動機となるラーメン業態【図表2】にあって、接客に力を入れるようになったのはなぜですか?

弊社はもともと、レストランバーから始まっているんですね。そのお店には若い女性客もたくさん来ていたんですが、そういうお客さんたちと話をしていると、彼女たちはラーメンが好きなんです。でも、ラーメン屋には行かない。なぜかというと、ラーメン屋は「汚い・臭い・怖い」の3Kだから、行きたくないと。その話を聞いて、「そうか」となったのです。逆に、その3Kを無くせば、若い女性客もラーメン屋にいっぱい来るんだと。そうして作ったのが一風堂なので、味以外の部分へのこだわりも、当初からのコンセプトということになります。

また、社長の河原が過去に演劇をやっていたことから、一風堂では創業当時から「店は舞台だ」という考え方を持っていたという影響もあります。店は舞台で、スタッフは舞台に立つ役者。商品がおいしいのは当たり前で、その上で、スタッフは役者として、お客さんに満足してもらう、何かを感じてもらうのが役割だと考えています。良い店というのは味だけじゃなくて、何かもうひとつ、気の良さとか、優しさとか、そういうものを伝えなければいけない。そうじゃなければ、お客さんはもう一度来てはくれませんからね。


たとえば、ウェイティング時に提供されているお茶(ルイボスティー)も人気ですが、あのような具体的な取り組みはどのように生まれるのでしょうか?

弊社は、規模の割には驚くほど組織だっていないというか、しゃちほこばった仕組みとか制度といったものがほとんどないんですね。新しい取り組みをするのにも、「こういうことをやって良いですか?」という決済を受けるようなシステムがないので、現場は相当なところまで独断でできるんです。ですから、いつ、どういう経緯で始めたのかということを正確に振り返ることはできないですが、「この暑い中お待たせしているんだから、せめて冷たいお茶でもお出ししようよ」というように、お客様の立場になって考えた結果の、純粋な思いつきがきっかけだと思いますよ。

よく勘違いされるんですが、今でも別に、お茶出しは会社としてルールになっているわけではないんです。お茶を出さなきゃいけないということが、マニュアルとして書かれているわけではないんですね。うちのマニュアルは、調理と身だしなみというごくベーシックな部分のことだけで、あとは全て、お客様の気持ちになることから生まれた、それぞれの店のハウスルールです。大事なのは形式ではなくて、理念の部分だと考えています。こういうやり方なので、新しい店をオープンさせる際には想像以上の騒ぎになります。他の店から開店準備の応援スタッフを出すんですが、先ほど申しましたようにそれぞれの店でオペレーションも少しずつ違うものですから、「うちの店ではこうやっている」と、それぞれの店で取り組んでいることを互いに話し合って、お客様の気持ちになって本気で意見を出し合います。それが情報交換の場になっているという側面もあって、良い方法があれば「そのやり方、いいな。うちの店でもやろう」と各自が自店に持ち帰るという形で、新しい取り組みが他の店にも広まっていくんです。この情報化時代にものすごくアナログなやり方ですけれども、フェイス・トゥ・フェイスで話すことでしか伝わらないものがあると思うし、それこそが重要だとも思うので、そういう部分はこだわっています。


各店でそれぞれ違ったオペレーションをしていては、一風堂のブランドが保てないという危惧はありませんか?

それはないですね。ルールやマニュアルは共有していなくても、根本の理念や考え方の部分は、時間をかけてしっかり共有していますので。

たとえば、アルバイトさんを採用したときには、トータルで20時間近く使って、一風堂が大切にしているもの、その考え方を、まずは伝えるようにしています。オペレーションのやり方や伝票の書き方なんかは、その次です。またその後も、会議の際にマネージャーから話をしたりと、理念や考え方の確認は折々で行っています。我々の強みの源泉は、そこだと思います。

そうやって基本的な考え方を共有していれば、あとはオリジナルで良いんです。実際、ルールを守れという話よりも、むしろ、オリジナリティを出していこうという話をたくさんしています。ブランドが崩れるという見方もあるかもしれませんが、考え方の根っこがきちんと共有できてさえいれば、物の言い方やアプローチが違っても、同じことが伝わるはずだと我々は思っています。


他にはどのような社員教育をされてますか?

去年、ミッションカーという、人として大切にしたいことをまとめた小さなカードを作りました。最初はクレド(企業理念や経営概念をまとめたもの)を作ろうという話だったんですが、企業理念という話の前に、まずは一人の人間としてのあるべき姿を身に付けようということになりまして、そういった観点から21項目をまとめました。ミッションカードの項目はごく当たり前のことばかりですが、こういうことが当たり前にできる人じゃなければ、飲食業は無理だ、お客様に対しておもてなしはできないと私たちは考えています。

なぜなら飲食店って、自分と同じ感性のお客さんばかりが来るわけじゃありませんよね。自分よりはるかにいろいろな経験を積んで、苦労もされてきた方も当然たくさんいらっしゃるわけです。そういう方に対して未熟な我々がおもてなしをするには、相当な人格形成をしていかないと駄目だと思うのです。だから、こういうものを作って、「まずは、ちゃんとした人になろうよ」と呼びかけています。

まだ目に見えた成果が出たという段階ではありませんが、こういう取り組みは時間をかけて毎日繰り返しながら取り組んでいくことが大切ですので、今後も継続していきたいと考えています。

それから、これも昨年からの取り組みテーマなのですが、A5サイズ以上の手帳を社員全員が買って、一年間でとにかく真っ黒にしようということをやっています。書く内容は何でも良くて、何か好きな文章を写しても良いし、プライベートのこと、それこそ彼女のことでも良いんです。他の人には見せませんので。

この取り組みの目的は、全員で何か一つのことを達成したという連帯感を味わおうということ、それから教育的な観点からは、考えを組み立てる訓練という意味があります。

最初は、「書いてないと社長に怒られる」というレベルで始まりましたが、スタッフにだんだん書くことが身に付いてきたというか、今ではみんな面白がってやっていますね。このノート研修も今年で2年目。まずは、3年間全員でやりきることで、それぞれが何かに気付いてもらえることが楽しみです。


「ミッションカード」より

力の源カンパニーでは、「理念」を最も大切なものとしている。ミッションカードの裏には、21のミッションが書かれており、社員全員が携帯し、理念を共有している。(下記は一部を抜粋)


みんなの笑顔が力の源だ

笑顔こそ力の源。
飲食業を通して笑顔の輪を広げ、元気明朗な社会創りに貢献する。


6つの約束

笑顔と感謝を大切にします。
正直・誠実・謙虚に行動します。
思いやりの心を忘れません。
勇気・実行・継続を大切にします。
信念・誇り・自信を大切にします。
既成概念にとらわれず、新しい価値を創造します。


CHIKARA no MOTO VISION

私たちは、常に新しい価値を創造していく集団でありたい。
創造した価値を、人類最高のコミュニケーションの源である「笑顔」と「ありがとう」とともに世界中に伝えていく


10ヶ月前(2006年10月)からミステリーショッピングリサーチ(以下MSR)を導入いただいていますが、導入の理由を教えてください。

きっかけは、「アルバイトさんたちに脚光を当てた取り組みが何かできないか」と考えたところからです。ゲーム性のある取り組みをすれば、アルバイトさんたちもみんな楽しんで参加するんじゃないか、頑張るんじゃないかという単純な発想が先にありまして、そのような折にちょうど居酒屋甲子園(※)の話を聞いたものですから、それでやってみようとMSRを導入しました。

※居酒屋甲子園は、理事長大嶋啓介氏を中心に、2006年1月に設立されたNPO法人です。「居酒屋から日本を元気にしたい」という思いと、【共に学び、共に成長し、共に勝つ】という理念に共感した全国の同志が、会社の垣根を越えて毎年1回集結し、居酒屋甲子園における日本一を決定します。弊社では、MSRを通じて大会のご支援をしています。

会社として、MSRをこうやって使いなさいということは特に決めていませんが、毎月表彰を行っていて、平均点以上の店には報奨金として3万円を支給しています。これはアルバイトさんたちのコミュニケーション費として使うことになっています。また、半期ごとと通年とで、ベストスリーに入った店舗を全社会議の場で表彰しています。


レポートに対する現場の反応はいかがですか?

新しいレポートが来るたびに熟読していますね。書かれている内容は、素直に受け止めています。できていなかった部分の指摘であっても、「やっぱりここ言われたね」ということが多いみたいで、「ここを直して、次回は200点だ!」なんて頑張っています。

それと、当たり前だけど、良いレポートをもらえたときは、ものすごく喜んでいますよ。良いレポートをもらえたときの嬉しさというのは、たぶん皆さんが想像されるよりはるかに大きいものがあると思います。特にラーメン屋という業態では、外の人から褒めてもらうということがなかなかないでしょう。でも現場は、お客さんから褒めてもらえるのが楽しみでやっているようなものだから。

特にMSRは、お客さんの意見だというのが大きいと思います。いくら上から「こうやりなさい」と言ったって、現場は現場でプライドを持っているから、なかなか浸透しない。先ほどお話したとおり、うちはオリジナリティを大事にしているせいか、「うちはうちのやり方」という意識が強くて、みんなで同じことをやるというのが難しいんですよね。実は以前に、MSR以外のアルバイトさんのモチベーション向上策について話し合ったことがあるんです。優秀なアルバイトさんには資格取得を支援するのはどうかとか、ユニフォームの色でランク付けしたらどうかとか、いくつかアイデアは出たんですが、結局どれも導入は見送ることになりました。その理由というのが、「他店と比較されたくない」あるいは「他店と比較しようがない」というものでした。立地によっても客層が違うし、来店動機も利用の仕方も違うんだから、統一しちゃうのは難しいんじゃないか。変に統一しちゃうと、一風堂らしさみたいなものが損なわれちゃうんじゃないか。だったら店の中で完結して、みんなが納得するという状態を維持したほうが良いんじゃないかという意見が出て、まとまらなかったんです。

でも、そういう中でも、MSRだけは素直に受け入れられています。それはやっぱり、我々にとっては「お客さんが答え」だからだと思います。それぞれ物の見方は違っても、みんながお客様の方を向くんだということを考えていなければならないと日頃から言っていますから、お客さんからの言葉は店の垣根を越えて響くのだと思います。


最後になりますが、一風堂のこれからの展開について教えてください。

「一風堂=河原」「河原=一風堂」という状態から卒業しなければならないというのが、目下の課題だと考えています。そのために、現在、極新味(きわみしんあじ)という新商品の発売を契機として「一風堂『今以上に成長するんだ!』キャンペーン」という取り組みをしているところです。

極新味というのは1300円のラーメンなんですが、このような商品を開発した理由というのは、弊社が創業当初から「プライスリーダーになるにはどうすればよいか?」という考え方を強く持っていることに起因しています。創業当時、福岡でラーメン一杯が250円の時代に、我々は400円のラーメンでスタートしましたが、その後だんだん周囲の店も追随してきて、400円が当たり前になってきたので、今度は600円のラーメンを出しました。これが現在の赤丸・白丸です。それが12年前の話で、今では600円も普通になってきましたので、また新しい一歩を踏み出そうということで、1300円の商品を出すことにしたというわけです。

ラーメンで1300円というのは、インパクトがありますよね。それも、個人店じゃなくて、33店舗ある一風堂でやるということは、業界に対してすごいインパクトを与えられると思います。ラーメンで1000円というのは、すごく高い壁なんです。ラーメンは安い食べ物というイメージしかないから、1000円を超えるとお客さんから「ふざけるな」と言われてしまう。それが怖くて、どこもなかなか1000円の壁を超えられないんですね。だけど、誰かがその壁を超えて、ラーメンに対する見方を変えていかないと、その先に行けないと思うんです。そしてそれは、不可能なことではないとも思います。だって、日本蕎麦はできていますよね。安くて気軽に食べられる立ち食い蕎麦がある一方では、ざるそば一杯1200円のお店もあって、お客さんはちゃんと選んでお店に入るじゃないですか。お寿司だって、一皿100円の回転寿司から、一人2~3万円する店まであって、お客さんはそれを比較して文句を言ったりしないで、そのときのニーズに合わせてお店を選びますよね。ラーメンもそれと同じで、価格の幅が広がれば、できることの幅がもっと増えますから、業界全体が活性化するはずなんです。

もちろん、うちも怖いですよ。1300円払う価値があるのかどうかを問われるわけですから。いくら原価がかかってるんだって言っても、それはお客さんには関係ありませんから。ちょっとでも納得いかなかったら、「ふざけるな」と言われてしまう。でも、だからこそ、大胆な値段をつけなきゃいけなかったんです。こだわり抜いたラーメンですが、たんに商品を提供するだけでは、お客さんに1300円を支払うだけの価値を感じてもらえない。店の全員が、商品の持つ意味や良さを理解していなければならないし、誇りを持っていなければならない。

こういう商品ですから、「作り方はこうです」と書類を全店舗に配布して、明日から全店一斉にスタートというわけにはいかなくて、現在は一店舗ずつ回って、新商品だけではなく、クレンリネスの状態や既存商品の出来など、そういうことを全部チェックして回っているところです。そして、一風堂の原点の話と、今なぜこの商品をやるのかという話をして、そういうことを全て理解した上でしか、新商品を出せないようにしています。

今は33店舗だから、こういうやり方でもなんとか半年くらいでできますが、これからさらに店舗数も人も増えたらどうするのかという問題があるわけで、だから、先ほど申し上げたように私一人ではなくて、経営者の考え方を受け継いだ分身を何人も作っていかないといけないと考えています。


記事のPDFをダウンロード​​​​​​​

この記事を読んだ人は、こんな記事も読んでいます。

無料メルマガ会員に登録すると、メールマガジンで
「最新記事」や「無料セミナー・イベント」
情報が届きます!

pagetop