展覧会グッズは作品ありき。美術鑑賞の感動を形に

株式会社アートよみうり

東京都中央区京橋2-9-2 第一ぬ利彦ビル7階

『季刊MS&コンサルティング 2012年冬号』掲載
聞き手:土田賢志、文:高島知子
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。


美術館や博物館で開催される、各種展覧会に付き物なのがミュージアムショップ。アートよみうりは、このミュージアムショップで取り扱う展覧会グッズの企画制作、および販売を手がけている。同社は2011年末から、競合社との差別化のポイントとしてミステリーショッピングリサーチを導入。さまざまな独創的な企画で来場者の心をつかむ、その企画性や顧客満足の考え方を伺った。

展覧会ごとに来場者が受けるであろう感動を読み解き、その気持ちに応えられるグッズを企画する(本山氏)。

「ミュージアムショップで販売する展覧会グッズは、ただの記念品やお土産ではありません。美術鑑賞から受けた印象や感動を、より身近なものにしたり、家族や友人と共有するためのツールです」と、株式会社アートよみうり 代表取締役社長の本山芳幸氏は話す。

美術館や博物館で開催される展覧会などでは、多くの場合でそのときどきの企画に合わせた関連グッズが販売されている。ポストカードやクリアファイルなどの定番商品のほかに、企画性のある商品も数多く開発しており、予想以上の人気を博すことも珍しくないという。


「大河ドラマ50の歴史展」グッズとして制作した、ご当地版モノポリー(ボードゲーム)。本展覧会は今年で放送開始50周年を迎えるNHK大河ドラマを記念して開催され、モノポリーにはドラマの舞台やゆかりの地を多数掲載。東日本大震災の被災3県(岩手・宮城・福島)も登場し細部にまでこだわっている。

「基本的に販売機会がその場限りであることや、作品の所有者との関係、ロットの問題など、考慮すべき点はいろいろとありますが、遊び心で開発したものが思いがけず売れることもあります。それを読むのはなかなか難しいですが、そこでしか手に入らない思い出の品として購入いただくものなので、その展覧会の歴史や背景に最も適したラインアップを検討しています」(本山氏)。

同社は株主である読売新聞東京本社や、日本テレビ放送網が主催する展覧会や博覧会を中心に、年間を通じてさまざまなミュージアムグッズの制作やミュージアムショップの運営を手がけている。直近では、2012年1月29日まで東京・国立西洋美術館で開催している「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」展のグッズ制作・販売を担当した。


2011年10月下旬から東京で開催された「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」は、ゴヤの傑作「着衣のマハ」が40年ぶりに来日するとあって、話題性も来場状況も好調だ。マハとは“小粋な女”の意味があり、グッズの企画にもモチーフとして活かしている。

現在取り扱うアイテムは、70種あまり。その中には、ポストカードなど何十種類もあるアイテムもあるため、展覧会ごとに用意する商品はかなりの数になる。これらのいずれも、同社では前述したような「感動を身近なものにする」という役割を満たしているかどうかの観点から開発しているという。言い換えれば、展覧会ごとに来場者が受けるであろう感動をあらかじめ読み、その気持ちに応えられるグッズを企画しているということだ。この企画力こそが同社の強みであり、業界を牽引する原動力となっている。実際の企画開発現場を預かる営業部次長の葉多野眞琴氏は、「展示作品あってのグッズなので、“作品の背景をより深く知ることができるもの”という開発の軸がずれないように注意しています。まれに、作品を揶揄したようなグッズを見かけることもありますが、それがお土産として誰かの手に渡れば、作品そのものが誤解されることもある。そうした事態が絶対に起きないよう配慮しています」と強調する。

また、ミュージアムショップを手がける際も、「ミュージアムショップはもうひとつの展示室」という考えから、展覧会の印象のままに足を運べるようにデザインを徹底。カラーモチーフを設定したり、展覧会とリンクするオリジナルロゴを制作したりして、その世界観の表現にこだわっている。


誰にいくらで買ってもらうか? 『6W2H』がポイント

グッズ制作においてもうひとつ一貫しているのは、“本物”にこだわること。本物の作品を鑑賞した後に購入するものであるがゆえに、中途半端なものには見向きもされないという背景がある。例えばゴヤ展では、ハンドバッグのキタムラとの共同開発によりバッグを制作・販売しているが、他社と共同して開発する際には、本物志向のメーカーであり、かつこの考えに賛同して実現してもらえるかどうかという点を重視している。

一方で、ゴヤ展では若手作家とも共同開発企画を展開。新商業施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」に入居するアーティストたちと、約20の商品を生み出した。「老舗企業と組ませていただく一方で、こうして若手の方々の協力を得て新たな可能性を探ったりもしています。PR面での相乗効果にも期待していますね」(本山氏)。


これは、来場者が作家や作品に対して抱いている愛着や感動を裏切らない、という点でもこだわっている部分だ。展覧会グッズは単にモノとして買われるのではなく、展覧会の印象を自宅で思い出したり、家族や友人と感動を分かち合ったりするという期待を含んで買われるもの。だから当然、それに見合うだけの価値が求められる。

「このこだわりがあるからこそ、私たちも真摯にグッズ制作に向き合えているのだと思います。そうやってつくり上げるグッズだからこそ、来場者に自信を持ってお薦めできる。だから、私たちが手がけた展覧会グッズが売れていくのはこの上ない喜びですし、それが働く誇りだと考えているスタッフは多いと思います。もちろん、私もその一人です」と本山氏は話す。


具体的なグッズの制作には、まず主催者の狙いや展覧会自体のコンセプトを読み解き、その上で同社独自の開発テーマをまとめているという。それを拠り所に企画を練り上げていることが、来場者に受け入れられるグッズの実現につながっている。

さらに本山氏は、展覧会グッズ制作において「6W2H」が重要だと語る。一般的に重視されるのは「なぜ・いつ・どこで・だれが・なにを(5W)、どうした(1H)」の5W1Hとよく言われるが、それに「だれに対して(Whom)」と、「いくらで(How much)」が加わるのだという。


展覧会グッズは、おのずとその展覧会に興味があって来場した人が購入層になる。したがって、購入層を想定しやすいという点では、一般向け商品よりも企画を絞り込みやすいが、その分ターゲットの母数が少なくなるというリスクもある。また、その人たちがいくらなら買ってくれるかという価値観と、コストパフォーマンスのバランスを踏まえた値付けも難しい。だが、それらのハードルを見据え、具体的に顧客を想定して着手するからこそ、来場者の心をつかむヒット作を生み出せているのだ。


販売スタッフが誇りを持って臨めるように

「広く大勢の方に受け入れられるように」という考え方ではなく、その作家や作品に愛着を持っている人、美術鑑賞が好きな人、あるいは美術を学んでいる人、といった購入層をよく想定すること。それがグッズを企画するヒントになる。「さらに、私たちは作家が苦労して生み出した作品を来場者に伝えるという役割も担っていますから、グッズの企画は作家に失礼のないものでなければいけません。購入者に対してだけでなく、その点でもまずは作家のことをよく理解し、私たち自身が展覧会やグッズを楽しめるようになることが、実は成功のポイントなのです」と、本山氏は続ける。

そうした考えから、同社では実際にショップで販売にあたるアルバイトのスタッフにも、作品の素晴らしさや商品のこだわりを伝える時間を惜しまない。作業時間の合間を見て、展覧会の見所や主催者の意図、グッズの説明などのちょっとしたレクチャーをなるべく盛り込むようにしているという。


「販売スタッフは、雇用形態としてはアルバイトですが、当社ではバイトではなくスタッフと呼んでいます。展覧会は、大勢の人間が時間とお金をかけてやっと開催に漕ぎ着けるもの。そのスタッフの一員であるという自覚を持ってほしいと、いつも話しています」と、葉多野氏は話す。仕事に満足して誇りを持ち、会社も自分を信用して仕事を任せてくれているという信頼関係があれば、間違いも未然に防ぐことができる。

同社が採用しているアルバイトスタッフの仕事は、年間で見れば断続的な業務だが、長い人は10年ほど、多くが2~3年は続けているという。その勤務状況についても、冗長にならないように常に配慮していると葉多野氏。勤務時間は15分単位だが、仮に作業やミーティングが退勤時刻をほんの2、3分過ぎたとしてもうやむやにせず、次の15分を勤務時間に加えている。そして、そこで生まれた少しの時間を、前述したような展覧会や作品、グッズへの理解を深めるための勉強に当てているというわけだ。スタッフの側から見れば、勤務時間にメリハリがあり、さらに美術の話や自分たちが扱う商品の舞台裏などを聞くことができ、仕事への積極性を増すことにつながっている。


顧客の声を企画に反映し、次なる差別化の要素に

展覧会グッズ制作の分野で同社は第一人者の存在であり、これまでは企画力や商品開発力で差別化をはかってきた。だがこの数年で参入企業が増え、同業他社に企画を真似されることが増えてしまい、差別化が難しくなってきている。残念ながら、模倣を阻止するのは困難だ。次なる差別化策に頭を悩ませていたときに、ミステリーショッピングリサーチ(MSR)の存在を知り、興味を持ったと本山氏。「私たちの仕事は主催者の意図を出発点としており、どうしたら展覧会の印象や感動を形にできるか、という発想で企画開発をしてきたので、振り返ってみれば実際に顧客の声を聞くということはあまりありませんでした。お客様のことを頭に入れているつもりでも、つい主催者目線になってしまうこともあったと思います。これからは、リアルな顧客の声を企画や運営に反映し、また実際に販売するスタッフの接客力を磨いて、企画力に次ぐ第二の差別化のポイントにしたいと考えました」(本山氏)。


そこで、2011年秋に開催されたワシントン・ナショナル・ギャラリー展においてMSRを導入。展覧会の来場者は、その展示に対する知識も造詣もさまざまであり、調査においても答える人のレベルによって意見にばらつきが出てくるのは否めない。そうした事情と、初回のMSRの結果を踏まえて、まさにいま改善策を検討しているところだ。

「最終的にグッズを購入いただくということは、そのとき気持ちが動いたということ。これからも魅力あるグッズを展開するとともに、販売スタッフの対応も向上させて、来場者の心を動かせる仕事を展開して参ります」(本山氏)。


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